【偏向教育】小学校6年生の歴史で嘘を教える【日教組】

画像出典元が不明ですが、、

https://twitter.com/ForeverJapan1/status/760922996051542016

①日露戦争の後、日本は人々の抵抗を軍隊でおさえ、朝鮮(韓国)を”併合”した

②多くの人々が”土地”を失い、日本人のもとで小作人として働いた

③学校では、”日本語”の教育を受けた。

④日本による植民地化に反対して、朝鮮の人々は”独立”を求める運動を続けた

上記の正答は以下
①日露戦争の後、日本は朝鮮の人々の要望により、朝鮮(韓国)を”併合”した

大韓帝国の一進会が「韓日合邦を要求する声明書」を上奏

大韓帝国において派閥ごとの併合への賛成・反対の違いがあり対立があった
しかし、国民の大部分を占める白丁(農奴・奴隷階級)に政治参加の権利は無く、事実上大韓帝国の皇族のみがその主権者である


日本政府は併合の正当性について列国に打診している。英米は、賛成。その他、清露伊仏独は賛成せずも反対せず

1910年(明治43年)8月22日に 朝鮮軍が警備するという厳戒態勢の中、条約は漢城(現:ソウル特別市)で寺内正毅統監と李完用首相により調印された。

 

②朝鮮皇族など支配層が専有していた”土地”を開放し、朝鮮人に分け与えた

朝鮮総督府は1910年(明治43年)から1919年(大正8年)の間に土地調査事業に基づき測量を行ない、土地の所有権を確定した。申告がなされなかった土地や、国有地と認定された土地(所有権が判明しない山林は国有化、旧朝鮮王朝の土地など)は最終的に朝鮮総督府に接収され、朝鮮の農民に安値で払い下げられた。
ソウル大学教授李栄薫によると朝鮮総督府に接収された土地は全体の10%。山本有造によれば総督府が最終的に接収した農地は全耕作地の3.26%であるとする。

 

③学校では、”日本語”の教育もした。

1911年、朝鮮総督府は、朝鮮語を必修科目としてハングルを学ぶことになり、朝鮮人の識字率は1910年の6%から1943年には22%に上昇した。
ハングルは併合以前は漢字と比べて劣等文字として軽蔑されており、普及していなかった。

 

④日本による植民地化に反対して、朝鮮の一部の人々は”独立”を求める運動を続けた

朝鮮においては三・一独立運動など独立運動が相次いで起こっていたが、それらは本格的な武力衝突には至っておらず、独立運動としては小規模。

当時の朝鮮人の知識層、9.3%が独立すべし
農民と労働者は6.5%が独立すべし
と回答
アキタ パーマー「日本の朝鮮統治を検証する」草思社p84-85

上海で設立した大韓民国臨時政府は抗日運動を行っており、第二次世界大戦中には大日本帝国に対して宣戦布告を行い、連合軍と共同行動をとった。とされるが、、
臨時政府が第二次世界大戦中に行った宣戦布告は連合国からは承認されていない。また日本軍と直接対決に至る以前に日本の降伏によって大韓民国として独立を迎えており、大韓民国臨時政府が独立したわけではない。