沖縄人はどこから来たのか? 色々なネタを紹介

最近のDNA検査により 沖縄人は九州以北の日本人と ほぼ同じである

 

とりあえず現在の定説
・九州以北の本土の住民とは同じ祖先をもつことが最近の遺伝子の研究で明らかになっている。
・遺伝子の研究から中国や台湾の集団とはかなり離れていることが判明している。
・父系遺伝子Y染色体ハプログループD1bを持つのは世界で本土日本、アイヌ民族、沖縄だけ
・沖縄の島々に人間が適応できたのは縄文中期後半から後期以降であるために、10世紀から12世紀頃に農耕をする人々が九州から沖縄に移住した
・考古学などの研究も含めて南西諸島の住民の先祖は、九州南部から比較的新しい時期(10世紀前後)に南下して定住したものが主体で、それまで居住していた先住民に取って代わった

沖縄タイムス 2014年9月17日 沖縄人ルーツ「日本由来」南方系説を否定
琉球新報 2014年9月17日 現代沖縄人DNAの遺伝系統 「日本本土に近い」

 

以下  琉球・沖縄人の由来に関する色々な話
「→」は当blogで追記

①伊波普猷(いは ふゆう) 民俗学者、言語学者、沖縄学の父
*かなり古い説だが、、現代DNA検査と矛盾はしない
概要
福岡県筑紫に海部(あまべ)という氏族があり、この氏族は海人(あま)の部曲(むれ)が、沖縄にもやってきたであろう。
海部(あまべ)はアマミであるといいます。これが琉球の創世神アマミキヨ。
海部氏は最初、奄美大島にたどり着き、更に南へ向かい沖縄の北部もしくは西北諸島に上陸した。
久高島はアマミキヨが降り立った島と言われており、海部氏はこの島に到着したのでしょう。
→アマミキヨのキヨは”人”の意味

②安里進沖縄県立芸術大学教授、土肥直美琉球大学医学部准教授
概要
「グスク時代人は新しい遺伝子を持った人たちが関係している」
浦添ようどれの人骨たちは 鎌倉材木座中世人と共有の特徴を持つ
→ 浦添ようどれ:琉球王国初期の王陵
→ 鎌倉材木座中世人:倉市由比ヶ浜南遺跡で出土した中世人
→ 浦添ようどれ尚寧王陵にある複数の遺骨をDNA分析した結果、一個体から中国南部から東南アジアに多く見られる遺伝子が見つかる 一方、英祖王陵の2号石棺から検出されたのは鎌倉材木座中世人である

③上里隆史 早稲田大学琉球・沖縄研究所招聘研究員
概要
現在の沖縄人の直接的な先祖はグスク時代の人々。この時代になって沖縄人の人骨の形質が劇的に変わります。
これ以前の貝塚時代の人々は縄文人と若干似ているようですが、縄文人とは別の「南島人」。
グスク時代の琉球人は中世日本人の形質とほとんど変わらない。

④斎藤成也 総合研究大学院大学教授 徳永勝士 東京大学大学院教授
概要
琉球人は、九州からもたらされた稲作農耕を受容するとともに、本土日本人との遺伝子交流が歴史時代を通じて存在した。

⑤石田肇 琉球大学教授
概要
沖縄の縄文時代人骨は、相対的に横幅の広い丸顔で、低身長であり、コンパクトな縄文時代人である。
近世、近代の琉球の人々は、頭蓋の計測値では本土日本人とあまり違いがない。
グスク時代に大変革があったのだろう

⑥安里進 沖縄県立芸術大学教授 
概要
奄美・喜界島の城久遺跡群を中心にで 9∼12 世紀にかけて,グスク時代的な農耕技術やグスク時代人の祖型も含めた「グスク文化の原型」が形成さた。
グスク時代的農耕の展開による人口増大で島の人口圧が高まり,11∼12 世紀に琉球列島への移住がはじまることでグスク時代が幕開けした。
→城久遺跡群:数百棟の掘立柱建物跡や土坑墓、火葬墓が確認され、その数や種類は南西諸島では他に類を見ない
→『日本紀略』に大宰府が喜界島に対して、暴れ回る南蛮人(奄美本島人?)を捕えるように命じ、翌5年(999年)には大宰府が朝廷に南蛮人を追討したと報告している

⑦高宮広士札幌大学教授
*主要な定説
概要
沖縄の島々に人間が適応できたのは縄文中期後半から後期以降である為、10世紀から12世紀頃に農耕をする人々が九州から沖縄に移住した
→縄文中期以前では、狩猟採集生活者が琉球列島のような大きさの島に永住(繁栄)することの困難。
→2−3万年前は、地続きの大きな島だったが、次第に島々は次第に小さくなっていった。

 

番外編

藤井貞幹 江戸時代の学者
概要
神武天皇の母玉依姫は、海宮(あまみ)の玉依彦の娘、豊玉姫の妹で、海宮とは、琉球国の恵平也(伊平屋)島 
真の天の岩戸は伊平屋
→伊平屋島:第一尚氏王朝をひらいた尚巴志の祖父の出身地であるとされる

「中山世鑑」「おもろさうし」「鎮西琉球記」
*源為朝と言うのはちょっと、、
概要
舜天は保元の乱で日本を追われた源為朝の子
保元の乱で為朝は伊豆に流刑となったが、その途上、船が嵐に遭い、沖縄本島の今帰仁に漂着して豪族となった、
→中山世鑑:琉球王国の正史
→舜天:舜天王統の開祖とされる琉球国王。在位1187年 – 1237年